三つ夢

　　　遠近夢

遠い夢、近い夢、という表現が正しいか分からないが、俺は昔から、遠い夢を見た。
遠い、というのはあくまでも感じだけだが、おぼろげな、陽炎がかかったような夢を見るのだ。
しかも、おぼろげなはずなのに、その記憶は残っている。
モザイクの薄くかかったような映像が、起きても頭の中に残るのだ。
近い夢も見た。これは最近のことだ。
やけにはっきりした夢で、誰と話し、何処に行ったのか、その会話の内容の一語一語、行った場所にどんな木があって、どんな人がいたのかということを、全て覚えているのだ。
普段の夢ではそうは行かない。忘れるのが関の山だ。

昨日、俺は『近い夢』を見た。
とある駅前で、可愛いことぶつかり、恋に落ちるというものだ。
ありきたりであり、同時にとても有り得ない様な話だった。
でも、俺は信じてみることにした。もちろん、ダメで元々、だ。
それでもあれだけリアルな夢だ、信じてみる価値もあるだろう。
俺は、電車に乗り込んだ。

駅前に出て、少し見回した。
すると、夢の中に出てきたその通りの美少女が、向こうから歩いてくるのが分かった。
俺はそちらに向かって足を踏み出した。
自分からわざとぶつかろうなんて気持ちはない。
わざとじゃなくぶつかれば、あの『近い夢』は正夢だったことになる。
そうでなければ、諦めればいい。
俺は目を伏せて歩いた。でないと、わざとあたりに行ってしまいそうだ。
一分一秒が、とても長く感じられた。
――彼女が、目の前に来たことが分かった。
避けようがなかった。もちろん、避けれても避けなかっただろう。
俺は、正夢を見たのだ。そう思った。
しかし、その刹那、彼女の手に、銀色に光る物が握られているのに気付いた。
――避けようがなかった。
俺は昔、こんな『遠い夢』を見ていたことを思い出していた。

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　　　早春夢

朝が来る。それはわかった。
鳥が鳴く。それもわかった。
だが、一つだけわからない。
なぜ、私の眼は開くのだ？
なぜ、私の血は熱いのだ？
私は、昨日死ぬはずだった。なのに、なぜ――？

――時は遡る。
それは昨日だ。私が死を決意したのは。
もう、疲れていた。何もする気が起きなかった。
ただ一つ。死ぬという行為以外は、だ。
だから私は、橋の欄干を越えた。
高さなど、怖くなかった。

しかし、彼は来た。
水の冷たさに身を委ねていたのに、彼はやって来た。
彼はその太い二本の腕で私を抱え上げると、言った。
「大丈夫、助かりますよ」と。
何が大丈夫なものかと言い返したかった。
私は死にたいのだ、死なせてくれと。
だが、私の意識は途絶えた。

朝が来た。私は眼を開けた。
ベッドの横に、娘と孫が仲良く眠っていた。
それを見て、私の眼に涙が溢れ出した。
死ねなかった哀しみと、生きている喜び……。
矛盾しあった二つの感情が、私の中でない交ぜになっていた。
二人がどんな夢を見ているのか。
それだけが、私の頭の中に在った。

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　　　白昼夢

昼寝をした。
暖かい陽気に誘われ、さらに子供が遊びに出ていたことで、一眠りしたくなったのだ。
ソファーに横になると、間もなく眠りに着くことが出来た。
そして、私は夢を見た。
家に連れ帰るために、子供の元へ行く夢。

公園の砂場でしゃがみ込んでいる子供の姿が見え、私は名前を呼んだ。
子供が振り返り、こちらを見る。
そして、笑顔で立ち上がると、道路のこちら側へと走り出した。
私は子供を制止しようとした。止まりなさいと。
でも、子供の耳には届いていなかった。
そのまま、子供は道の真ん中まで来た。そして、子供の身体が、大きく宙へと舞い上がった。
――耳障りな高い音、ゴムの焼ける匂い、そして、私の悲鳴――。

汗をかいていた。心臓の鼓動も早い。息も荒かった。
しばらく、動くことが出来なかった。
気持ちを落ち着けて、やっとの思いで時計を見た。
「……もう、こんな時間」
私は呟いて、子供を呼びに行くことにした。
嫌な夢を見た後で、私の足は自然と速くなった。
――五分後、夢は正夢となり、私は泣き叫ぶ。

汗をかいていた。心臓の鼓動も早い。息も荒かった。
――そう、私は『夢を見る夢』を見ていた。
「……もう、こんな時間」
私は呟くと、子供を呼びに行くことにした。
これが現実かなんてわからなかった。
夢か、現（うつつ）か……。
夢が現なのか、現が夢なのか……。
とにかく、私は行くしかないのだ。

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