Christmas Eve ――クリスマス・イブ―― その聖なる夜には、奇跡が起こるという・・・・・。 「あぁ〜あ、つまんないなぁっ」 私は窓の外を見ながら呟いた。病院の中庭は雪で一面覆われていて、小さい子たちがはしゃぎまわっている。せめて中庭に出ることが出来ればまだ良いのだけれど、ほぼ寝たきりの、出来ても上体を起こすだけの人間にそんなことは無理に等しかった。 私は生まれた時からこの病院に入院している。「現代医療でも治せない病気」だそうで、今まで12年間、部屋を替わることはあっても、この病院から外に出たことはほとんどなかった。 何度、自分が生まれてきたことを呪っただろう。自分を生んだ親と、生まれてしまった自分を、どれだけ心の中で責めたかわからない。自殺しようとしたことも、二回ある。けど、結局死ねなかった。怖かったから。死んだ後どうなるのかがわかんなかったから。 けど、同情なんかはしないで欲しい。同情されるほうが辛いし、結局、あなたに私の気持ちが分かるとは思えないから。同じような状況におかれてない限りはね。もう慣れてるから、気にしないでいいの。 ――今日は、12月24日。クリスマス・イブだ。今まで何度も最後だと思ってたのに、12回目まで迎えてしまった。けれど、私にはあまり嬉しいものではなかった。お父さんもお母さんも、忙しくって私のところなんか来てくれないから。でもしょうがないの。私の為だから。延命の為の治療費が高いせいだから。だから、クリスマスパーティーなんてしたことがない。病院でもクリスマスパーティーはやってるけど、いつも参加してない。一人で遠巻きに見てることしか出来ない身体が、嫌になるから。病院に居ながらも、パーティーに参加できる人たちが、羨ましくなるから・・・・。――もう、やめよう。これ以上考えてたら、また手首でも切り付けちゃいそう。 ――コン、コン。 不意に、ノックの音がした。きっと彼だ。 「どうぞ」 ――ガチャッ。 私が応えると、控えめにドアが開いて、彼が入ってきた。彼というのは、私と同じようにこの病院に入院している同い年の男の子のことだ。ただ、彼は少しなら歩き回ることが出来る分、私よりマシだった。 「調子はどうだい?」 ここのところ、彼は毎日のように私の所に来てくれた。そして、いつもこの言葉から会話を始めた。 「ちょっといいぐらいかな。あなたは?」 「僕も、ぼちぼちかな」 私は、その言い方が可笑しくって、吹き出してしまった。 「えっ、何?何か面白いこと言った?」 と、彼はキョトンとしていて、その様子に私はまた笑った。 彼はよくわからないみたいで、曖昧に笑いながらベッドの横の椅子に座った。 「――ねぇ、何か欲しいものはある?」 彼が私に問いかけてきた。 「なぁに、突然?」 「い、いや、今日はほら、あれだろ?クリスマス・イブじゃん。だから、欲しいものとかあるのかなぁって」 彼は何故かギクシャクしていた。――変なの。 「そうだなぁ・・・・私、ケーキが食べたい」 「ケ、ケーキ?」 彼はとても驚いていた。当然だと思う。私はそんなもの食べちゃいけない身体なのだから。きちんと決められた食事を取らないといつ危なくなるかも分からないんだから。 「そうよ、私はケーキが欲しいの。――あなたは?」 今度は私が彼に問いかけた。 「僕かい?・・・・僕の欲しいものは・・・・君だよ。なんてね」 彼はおどけて言うと、慌てて立ち上がった。 「あ、じゃあ僕、検査の時間があるから。またね」 そう言って出て行く彼の耳が真っ赤なのを、私は見逃さなかった。私も、負けないぐらい真っ赤な顔をしてたと思うけど・・・。 夕方になってから、雪が降り始めた。白い小さな粒が次々と舞い降りて、中庭を埋め尽くしていく。昼間遊んでいた子どもたちの足跡は消え、雪だるまだけが、そこに寒そうに佇んでいた。 「ホワイトクリスマス、かぁ・・・・」 遠くからは病院のクリスマスパーティーの歓声が聞こえている。私は雪だるまと自分を重ねて、降り続ける雪を飽きもせずに見ていた。 やがて、消灯時間になって看護婦さんがやって来た。 「今日は寒くなりそうだから、薬飲んでちゃんと温かくして寝なさいね」 優しい笑顔でそう言うと、看護婦さんは薬と水を渡してくれた。いつもと気分が違うせいか、味もいつもと違う気がした。 看護婦さんにおやすみなさいを言って電気を消してもらうと、私はすぐに眠ることが出来た。 ふと、私は目が覚めた。何で目が覚めたのかはよく分からなかったけど、何かに起こされた気がした。 私は何気なく、カーテンを開けた。するとそこに、寝る前には無かった四角い小箱があった。私はすぐに窓を開けると、その小箱を手に取った。そして、その中には・・・・・ 「ケーキ・・・・・」 可愛いケーキが1つ、入っていた。普通のショートケーキで、上に砂糖でできたサンタクロースが乗っかっている。 私はすぐに窓の外を見た。するとそこには、ソリを引いた様な跡と、馬のひづめの様な足跡が残っていた。だけどそれは、中庭の途中まで続いた後、あたかも空中に浮かび上がったかのように、途切れていた。 ――私は、ケーキを一口食べてみた。 「・・・・・美味しい」 とても甘くて、とても美味しかった。 私は雪を吐き出している空に向かって呟いた。 「メリー・クリスマス・・・・・」 次の日の検査で、治るはずの無い私の病気は、跡形も無く消え去っていた。 FIN 後書き どうも、作者のハレルヤです。 |