3分の1になった感情
 ある会社の発表会で、全く新しいロボットが発表された。
「今ここにおりますP‐328(さんにいはち)は、ご覧の通り人型としては今までにないほど良く出来ており、パッと見には普通の人間と見間違えてしまう程です。さらに、早さは人に劣るものの、人間とほぼ同じ行動ができます。そしてなにより、このP‐328は『楽しい』、『悲しい』、『怖い』の、三つの感情を持っています」
 一斉に、フラッシュがたかれる。
「なぜ、その三つの感情なのですか?感情と言えば他にももっとあると思うのですが」
 記者の中から、質問が出た。
「それは、やはりこの三つの感情が、人間の主な感情だと思うからです。人と触れ合う楽しさ、別れる悲しさと恐れ。――まぁ、本音を言うと、データが集まってないだけなのですが」
 会場内に、笑いが起こる。
「しかし、この三つの感情だけでも、十分に『人間らしい』と感じる事は出来ると思います。――さぁ、P-328 、挨拶しなさい」
 その人の呼びかけに応じて、隣に立っていたロボット――と呼ぶのも変なほど良く出来ている――が、一歩前に出た。
「皆さんこんにちは。私が、M社に開発して頂いた、P‐328です」
 会場に、オォーっというどよめき声が上がった。
 その話し方は、全く無駄な所がなく、とても上手だった。誰かが中に入っているのではないかと、疑う者がいたほどだ。
「それでは、今日の所はここまでという事で…」
 と、開発の担当者は、強引に会を打ち切ってしまった。

「博士、一つ訊いてもいいでしょうか?」
 P‐328は、M社の研究室にいた矢内(やない)に訊いた。
「ん、なんだね?」
「なぜ今日の発表会を、あんなに早く終わらせたのですか?」
 P‐328は、いっちょ前に首など傾げていた。
「それはだな、君に学習能力があることを、まだ知られたくなかったからだよ。あの研究は、まだ準備段階だしね」
「なぜ知られたくないのです?何か問題でも?」
「君ほどの学習能力を持ったロボットは、今までなかったからね。他社には出来るだけ知られたくないんだ」
「そうですか…」
 P‐328は、不思議そうな顔をしていた。
「君もその内、わかるようになるさ。もっと勉強すればね」
「分かりました。もっと勉強します」
 P‐328は、そう言うと研究室を出ていった。

 発表会から一ヶ月ほど過ぎた、研究室。
「おい!矢内はいるか!」
 怒鳴り声と共に、大柄な男が押し入ってきた。
 矢内は、その男を見ると顔を蒼くした。
「会社には来るなと言っただろう…」
 矢内は哀願する様に言った。
「そんな事言えるような立場か?え?一千万の借金の、返済期日はとっくに過ぎてんだぞ!わかってんのか?」
 とてもねちっこい言い方で、矢内の顔を舐めるように見ている。
「矢内博士、借金というのは…?」
 P‐328が訊いた。
「あん、なんだおめぇは?」
 男はP‐328を睨み付けるように見た。
「ミツヤ、あとで説明するから…」
 ミツヤというのは、P‐328に付けた名前だ。
 矢内は男の方に向き直り、
「今日の所は帰ってくれ」
 と、少し強めに言った。
 男も、今日の所は脅しに来ただけなのか、「早く返せよ」と言うと、あっさり帰っていった。
「博士、借金というのは…?」
 さっきと同じ質問を、ミツヤ――P‐328は繰り返した。
「あぁ、奴には研究費を出してもらってたんだ」
「研究費は会社から出るのでは?」
「それで足りない分を、補ってもらってたんだよ。――最初はたった百万円だったのが、二百、三百と増えていって、気付いたときには一千万にもなっていたよ。――大体、あいつの利子が高すぎるんだ。最初は利子を少なくしてやるとかいって…。あんな奴、生きてる価値も無い!」
 矢内は、声を張り上げていた。
 ミツヤは黙って、無表情のままだ。
「フ…、こんな話し、君にしてもしょうがないよな。今日は酒でも飲んで寝るとするよ」
 矢内は鞄を持つと、じゃあな、と言って研究室を後にした。
 それからしばらくの間、ミツヤはじっと、何かを考えているようだった――。

 次の日、矢内が研究室に入っていくと、ミツヤが笑顔で迎えてくれた。
「どうしたんだ、ミツヤ?嬉しそうな顔して」
「博士の為に良い事をしましたので」
 彼は笑顔で答えた。
「へぇ、どんな事だい?」
 矢内が訊くと、彼は無邪気に、
「昨日の大男を殺しました」
 ――矢内は、自分の耳を疑った。
「い、今、なんと言ったんだ?」
「昨日の大男を殺しました」
 ミツヤは、正確に、さっきと同じ言葉を繰り返した。
「な…なぜだ?君には人を殺す事が出来ない様にプログラムしたはずなのに…」
「人を殺す事は出来ません」
「じゃあなぜ!」
 矢内とは反対に、ミツヤは――P‐328は至って冷静に、
「博士があの男を、『生きてる価値も無い』とおっしゃったからです」
 と答えた。
「生きている価値が無いのなら、人間ではないと考えました。ある本に、人間とは必ず生きている価値のあるものだと、書いてありましたし」
「だから、あいつは人間ではない、と…。そう考えたんだな?」
「はい」
「それなら、悲しみも感じなかったんだな?
「はい、全く」
 フーっと、矢内は息をついた。
 少し間があって、矢内が口を開いた。
「恐れは無いのか?お前は【物】を壊したんだぞ。怒られるとは思わなかったのか?」
「いいえ、昨日、【恐れ】という物の不便さに気付いて、自分で削除しました」
「…削除か…。もうそんな事が出来るまで勉強したのか…」
「はい」
「じゃあ、【悲しみ】も、一緒に削除したのか?」
「はい」
「フッ」
 と、矢内は自嘲気味に笑った。「感情が3分の1になったのか…」
 矢内は、ミツヤが淹れてくれたとびきり美味しいコーヒーを、一気に飲み干した。
「ミツヤ、ちょっとこっちに来い」
「はい」
「ここに座れ」
 矢内は、ミツヤを椅子に座らせると、後ろを向かせた。
 かつらのようになっているカバーを外すと、スイッチが見える。
 矢内はそのスイッチを押して、電源を切った。

こいつを最初に書き始めた動機は、ストロベリーみるく(以下みるく)が書き始めた小説を読んだとき、その題名を見てでした。
みるくは、『3分の1になった純情な感情』という、なにかをパクってはいないかというような題でした。
ただ、その『3分の1になった感情』というフレーズに、興味をそそられたんです。
あと、同じ題でも(みるくは仮題のようですが)内容はこんなにも違うものだとわかって欲しかったという事もありました。(みるくのを読んでなきゃだめだけど)
今回は(理科の)ノート3ページ分ぐらいなんで短いですが、ま、感想をお聞かせ下さい。

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