化学授業編
黒板の前で、化学担当の西脇が熱弁を振るっている。自分の知識をひけらかすかのように話しながら、黒板に白の面積を増やしていく。
「言いようのない疲労と倦怠」・・・・・。
前の時間に習った国語の教科書に出てきたその一節が、今の自分の気持ちを顕著に表していた。
周囲に目をやっても、教室内には二種類の人間しかいなかった。将来の為にと思い、熱心にノートを取る者と、思い思いのことをして時間をつぶしている者。
後者であった自分が、不意に名前を呼ばれた。
「――やってみろ」
話を聞いていない自分には解けるわけがないと思っているのか、西脇はニタニタと嫌な笑いを浮かべている。
「CaCO3+H2Oです」
何となく癪だったので、パッと見てすぐに答えてやった。前日、たまたま見ていた所だったのが幸いだった。
「フンッ・・・・・。それで――」
西脇は苦々しい顔を見せると、すぐに違う話へと入っていった。
――こんな授業が、何になるのだろう?
化学が、将来役に立つかどうかと言う問題ではない。今、この時を、この先生に教えてもらう意味があるのかと言うことだ。
自己満足のための教師の授業と、それで満ち足りている生徒・・・・・。
その全てに失望しながらも、型にはまったまま抜け出せない自分がいた。
世界史授業編
私の隣に、あの人がいる。すぐ右に、あの人が座っている。手を伸ばせば、今すぐにでも触れられる場所。そこに、あの人がいる。
先生の話なんか、耳に入っていなかった。聞いてるような振りをしてても、頭では、彼のことを考えていた。
右を見れば、彼の優しい横顔が、私の頬を彩る。時に眠っている彼の横顔が、私の頬をほころばせる。
授業は嫌いだったけれど、この時間が一番嬉しかった。一番、彼を近くに感じられた。交わす言葉は少ないけれど、この時間だけは、誰よりも私が、彼の近くにいられた。
恋人では、ないけれど・・・・・。
数学授業編
「余弦定理から、cosAは・・・」
黒板の前で、長い棒を振り回しながら、数学の先生が理解不能な言葉を発している。
sin、cos、tanに、余弦定理やヘロンの公式。
呪文の様に並べられた言葉に、俺の頭はパンク寸前だった。
元々、数学は得意な方ではない。さらに、好きでもない。中学時代から付いて行くのがやっとだったのに、高校の授業なんてわかるはずがない。
それでも、夏休みまでは頑張ったつもりだ。けれどそれも、もう限界だった。
――外から、テニスをする生徒たちの楽しげな声が聴こえる。
こんな時に限って、外は快晴。
夏も終わり、だいぶ涼しくなってきていた。気候は最高だ。
そんなところに、子守唄にも似た呪文のような言葉。
俺が眠りにつくのに、そう時間は必要なかった・・・・・。
帰り道編
駅までの道を、ゆっくりと歩いていた。
いつもは時間に追われる様に帰る道を、今日は、ただゆっくりと歩いていた。
時々、立ち止まり、辺りの景色を楽しむ振りをしながら後ろを気にする。
もうすぐ、あの人があの角を曲がってくるはず・・・・・。
先回りしたから、きっとくるはず。でも、もしも今日だけ帰り道を変えていたら・・・・。
不安が渦巻き、自然と後ろを振り向く回数が増えていた。
時間が、一秒、また一秒と過ぎる度に、不安が、心の中で勢力を増していった。
だけど――あの人は現れた。
とたんに、今までセピア色掛かって見えていた周囲の景色に色が戻り、眩しく輝きだした。
そして、あの人が、手を振りながら駆け寄ってきた・・・・。